さんは、こういう所によく来るの?」
 
放課後。帰りのホームルームを終えて鞄を手に席を立った私の元に、なんと竹中君が自らやって来て「行こう
か」と言ってくれた。それだけでも嘘みたいだと思ったのに、みっちゃんをはじめクラスの皆の視線が突き刺
さりまくる中で教室を後にしたもんだから、もしかしたら明日、私は竹中君のファンガールに刺されるかもし
れないなと割と本気で思った。でもそんな事もどうだっていいと思わせるくらいに今の私は浮かれていた。
だってあの竹中君だぞ!!!お医者さんも真っ青な不整脈っぷりでバクバクしている私の心臓。憧れの竹中君
と校門を一緒に出たことや二人並んで街を歩いている事とか、考えるだけで爆発しそうだ。何とはなしに質問
してきた竹中君にも、「あああ、あ、うん」とか、挙動不審な反応しかできない。恥ずかしい!でも仕方が無
いじゃないか。だって放課後に二人でミスドって、彼氏と彼女じゃなきゃ普通は有り得ないシチュじゃん!!
意識するなって方が無理だ!
 
「た、た、竹中君って・・・!」
「ん?何かあったかい」
「あ、いやあの大したことじゃないんだけど、竹中君でも放課後に遊んだりとか、・・・するんだね!!」
 
なぜ語尾に気合が入ったし。それはともかく放課後に駅前のセンター街で竹中君が遊んでいる姿なんて想像が
出来ない。ゲーセン?カラオケ?マック?ケンタ?絶対有り得ないでしょ!校門まで迎えに来たリムジンに乗
って直帰してそうな竹中君だよ!私がそう言うと竹中君はふって噴出して、(でもその噴出し方すらも上品な
んだな。これが)声をあげて笑った。うわあ意外だな、なんて私はその笑顔に思わず見蕩れる。だって学校で
竹中君がこんな風に笑ってるところなんて、見た事がない。
 
「確かにね。僕自身、五月蝿いのは好きじゃないし。だけどたまに秀吉や委員会のメンバーと集まりがある時
には利用してるよ」
「そうなんだ・・・」
「そういうさんはカラオケとかよく行くんだってね」
「え、ええ!?どうしてそれを!?」
「この間君の友人が言ってたのを耳に挟んだ」
 
みっちゃん?って呼んでるよね。竹中君が言う。確かにみっちゃんとは小学生の頃から友達だから一番気心が
知れているし、カラオケにも頻繁に行ってるけれど。なんだろう、別に悪いことじゃないのに相手が竹中君っ
てだけで、私の俗物に塗れた一面を知られてしまったような気がしてへこむ。竹中君はやっぱり休日に図書館
とか美術館に行く子の方が好きなんだろうな・・・なんて。うわああん!!へこむ!!こんな事考えるんじゃ
なかった!!どうせ私なんて週一でゲーセンに行く女ですよ!!
 
「歌うのが好きなんだ?」
「う、うん。・・・割と好き、かも」
「じゃあ今度、さんが歌うところを見てみようかな」
「え、ええ!!い、いやだ!それは無理!!」
「どうして?」
 
どうしてだって!?それを聞いちゃう!?そりゃ歌うのは好きだけど、歌うのが上手いとは一言も言っていな
いし、大体みっちゃんとしかカラオケに行かないのは歌の上手い下手を気にしなくて済むからであって、人様
に聞かせていいような歌声なんか持ってないんだよ!それなのに好きな人の前で歌わなきゃいけないなんてこ
とになったら、もう私!!耐えられない!!!拷問でしょ!そんなことを頭の中でぐるぐる考えていると、横
で竹中君が小さく笑ったのが聞こえた。やだ、百面相しているところを見られた!?
 
「そ、そういう竹中君こそ!!う、歌とか歌わないの・・・?」
「僕?・・・ふふ、どう思う?」
 
突然話を振られたにも拘らず、竹中君は意味深な笑みで返してくる。ああ、余裕がある美形ってどうしてこん
なに卑怯なんだろう。憎いよ竹中君。でもきっとその微笑に弄ばれたとしても、私には後悔なんて一つも残ら
ないんだろうなと思う。なんて単純。竹中君が微笑むたびにいちいち全身の血が沸騰しそうになるけど、さっ
きと違って心臓がぎゅうっと締め付けてくるようになったのはなんでなんだろうか。やっぱり私、死ぬんじゃ
ない?
 
「え、えーっと。竹中君はどっちかっていうとピアノとかヴァイオリンを弾いてそうなイメージ、かな?」
「・・・前から思っていたんだけど」
「うん?」
 
さんの中で、僕ってどういう人間に仕立て上げられているんだろうね。可笑しそうに竹中君が言う。
王子様かな、なんて小声で言ってみる。やさしいでしょ、きれいでしょ。それから秀吉を馬鹿にするなって、
友達の為に怒れるところ。私、見たことあるから知ってるんだ。そう言うと、竹中君は道の往来にも拘らず立
ち止まって俯いてしまった。片手で顔を隠すように覆って、なにやらぶつくさ言っている。やだ、私が急にく
さい事言い出すからドン引きしちゃったのかな。心なしか耳が赤い気がするけれど・・・。
 
「あ、竹中君。ミスド着いたよ」
「ああ、本当だ。・・・話してるとあっという間だね」
「ね!」
 
不思議だ。学生鞄を手にした竹中君がミスドの前に立っている。その隣に私がいることも変なんだけれど、夢
じゃないんだなあって今更ながらに思う。だって竹中君が店の前に置かれた看板の、商品一覧を眺めてるんだ
もの。エンゼルクリーム、フレンチクルーラー、オールドファッション、下に下がって期間限定もの。
 
「あれ?半兵衛!」
 
先に気づいたのは私だった。ミスドから出てきたのは紛れもなく同じ学校の制服を着ているガタイの良い男子
生徒で、どうやら竹中君がこの場に居る事に少々驚いているみたいだった。私だって驚きなんだから、やっぱ
りこの光景って誰が見ても驚くものなんだろうな、なんてちょっと笑ってしまう。振り返った竹中君が少し眉
間に皺を寄せたけれど、男子生徒は私を見るとにっこり笑った。
 
「半兵衛の彼女?」
「う、あ・・・え、ええええ!?」
 
自分の顔にカッと熱が集まるのがわかった。その恥ずかしさも手伝って違います!!と全力で否定しようとし
た時、竹中くんが私の手を取った。
 
「に、もうすぐなる人」
 
そう言うと、竹中君は男子生徒の横を素通りしてさっさと店内に入って行ってしまう。手を握られているので
私も強制的に後へ続く事になるんだけど。えええ!!??ていうか一体どうなっているの!?背後に取り残さ
れているであろう男子生徒を一度振り返ると、「あはは!俺、前田慶次って言うんだ。よろしくな!」と良い
笑顔で手を振られてしまった。訳がわからない!それよりもこの繋がれたままの手はどうにかなりませんか!
やだ私手汗かいちゃいそう!!ていうか竹中君の手が意外と大きくてやっぱり男の人なんだなとか、初めて触
っちゃったよ!!とか頭の中が破裂寸前なんですけど。「こっち」空いた席を見つけた竹中君がそう言って私
の手を引く。たったそれだけのことなのに。ていうか竹中君も何か言おうよ!!無言よくない!!!席に荷物
を置いて、一先ず二人でトレーとトングを取りに向う。あああ、もう!!会計終わって席に着いたら何て言っ
て話を切り出そう。こんなんじゃドーナツなんてまともに選べやしないし、どれが美味しかったかも思い出せ
ない!!もう飲み物だけでいいかな!?なんて投げやりになった私のトレーにはいつの間にやら、取った覚え
のないポンデリングが一つ。横を見ると、竹中君が知らん顔でドーナツを選んでいた。
  
 

ポン・デ・リング