「三成さんや、キャベツがありやせんぜ」
「だからどうした」
「今日のお夕飯に必要なんです。それくらいピンときてくださいよ」
 
台所に立つ私が働かざるもの食うべからずの家訓から、自称戦国武将の石田三成さんをアシスタントに料理を
始めた矢先の事だった。ある日突然、仕事から帰ってきた私のマンションに三成さんは居た。唐突な出会いか
ら色々あって、今日、三成さんは私の家に居候として暮らしている。気難しい人だけど、根はとても良い人だ
から何とかやっていけてるし頼りにしている。しかしそんな三成さんとの生活で唯一困った事と言えば、三成
さんが油物を全く受け付けない体質だったという事だ。戦国時代の人だからか、仕方なく野菜中心の食生活に
しているけれど、おかげでこちらは肉不足だから週末だけは肉を取り入れる食事にしていた。というわけで、
本日土曜日のお夕飯はロールキャベツです。  
 
「はい、買出しに行きますよー」
「何故貴様の失敗で私まで付き合わされる羽目になるのだ」
「まあまあ、そう言わずお散歩だと思って」
   
鞄を取りに行くのが面倒くさくて、長財布だけを手にして玄関へ向かおうとしたら三成さんに待て、と腕を掴
んで止められた。何ですかと聞けば無言で上着を投げて寄越される。呆れたような目をしている三成さんに、
そういえばこの人は恐ろしく純情だったなあと思い出して、ありがとうございますとだけ言って靴を履いた。
一緒に生活を始めた頃、私がキャミソールでリビングをうろついていたらこっぴどくお叱りを受けた事があっ
た。どうも戦国時代からでは考えられない程の露出が原因らしい。しかし今は夏だ。寄越された上着がしっか
りとした生地で出来ている上に、長袖だったから私はいよいよ我慢がならなくなった。もう三成さんにはこの
時代の女性事情に慣れてもらうしかない。というか三成さんは半袖なのに私が駄目ってどういうことだ。もう
少し暑くなったらこの話をしようと決めて、私達は近くのスーパーに向かった。 
  
「アイスでも食べながら帰りましょうか」
「夕餉が入らなくなるぞ」
「大丈夫ですよ」
「そう言って貴様は以前、飯を残した」
「もう大分前の事じゃないですか・・・」  
 
くだらない事で揉めた後、結局私が三成さんの怒号を食らってしまいアイスは無しとなった。この怒りんぼ
め。何事かと私達を見てくる周りの目が痛くてとっととキャベツだけを持って店を出たけれど、もう明日から
あのスーパーには行きづらくなってしまったと思った。どうしてくれるんですかと三成さんに言えば、貴様が
悪いと吐き捨てて私が手にしていたキャベツの袋を乱暴にひったくった。本当かどうか実は未だに疑わしいけ
れど、もし本当ならかの有名な戦国武将がこうして私の荷物持ちをしてくれるなんて今は不思議な世の中だと
思う。平和ってこういうことなんだろうか、二人で無言で歩みを進めた。

「あー!猫!」 
  
なんて珍しい毛の色だろうかと思わず足を止めて見た。銀色の毛並みからすぐに連想する人物。同じだと思っ
たら目の前の猫が一瞬で羨ましくて愛しいものに見えてきた。 
 
「無視しろ。行くぞ。貴様がいちいち足を止めるのに付き合っていたら一生が終わる」
「そこまでですか!?」 
 
三成さんは止めたけれど、もう遅い。しゃがみ込んで猫ににじり寄る私は、一度興味を惹かれてしまうと猫に
振られるまでは梃子でも動かない。私の無類の猫好きを分かっている三成さんも、すぐにあきらめたような顔
をして溜息をついた。  
 
「十秒だけにしろ」
「えー、もうちょっと長く」 
  
猫は私が遊んでくれると知ったのか、はたまた餌が欲しいのか。たぶん後者だろうけどごろんと転がり腹を見
せてきた。ああ、可愛い。 
 
「ほら三成さん、にゃーにゃー!」
「・・・くだらない」
 
 
ある程度猫と遊んでいると、そのうち猫が餌をもらえないと分かったのか立ち上がってそっけなく行ってしま
った。あーあと見送るその後姿を見つつ、猫も賢いよなあと苦笑いをする。賢いといえば、先程三成さんはこ
ちらの世界の60進法で時間を言ったなあと感心した。三成さんは頭が良くて覚えも良かったけれど、教える
私の方がよく分かっていなかったから答えられなかったのだ。結局本を渡して適当に学ぶよう言ったのだけ
ど、何時の間にやら三成さんは全て習得して使いこなしていらっしゃった。戦国武将、まじリスペクト。 
 
「あの子、三成さんみたいに綺麗な猫でしたねー」 
  
三成さんは無言だった。これも三成さんにしてみればくだらない戯言になるのだろうかと、急に速足になった
三成さんに思った。戯言に付き合ってる暇は無い、ということか。私は一応、これでも。三成さんが戦国時代
に帰ってしまったらと考えたりもしているのだ。もう今更、短い短い付き合いでは無いから、そんな事に急に
なったら寂しいなあと思うんだけど、三成さんはそうは思わないのだろうか。そりゃあ向こうが本当の世界だ
から、途中となってしまった戦の方が気掛かりなのは分かるけれど、つれないにも程があるんじゃ無いでしょ
うか、なんて。  
 
「もし三成さんが戦国時代に帰っちゃったら、あの猫ちゃんを我が家の子にしちゃおうかな、可愛いし」
 
 
もう私の事なんてちっとも気にならない三成さんよりも、餌を求めて腹を見せてくる猫の方が良いんじゃない
だろうか。振り返りもしない、何も言わない背中にいじけて嫌味を言えば、突然三成さんが足を止めた。ただ
し向こうを向いたままなので、こちらからは背中しか見えず、表情も分からないし何を考えているか予想もつ
かない。しかし夕日に照らされるスーパーの袋を持った戦国武将の背中は中々シュールで笑ってしまいそうだ
った。と、私が笑いを堪えているのに気がついたのか、振り返った三成さんは鋭い瞳で睨んできた。うわ、怒
らせた。と背中に嫌な汗が伝うけれど、三成さんは不機嫌ながらに小さく言っただけだった。  
 
「早く来い、
ギンヤンマと猫と夏の初めの物語 相互記念夢、ゆかり様へ