私が流した涙の数だけ、せめて優しくされたかった。
その日、庭で育てていた菫草は全て薙ぎ倒され、プランターに盛っていた土も全て冷たいコンクリートに撒き
散らされた状態で見つかった。それが誰の仕業かを突き止める前に見るも無残な菫を両の手のひらに救い上げ
てプランターに戻せば、庭の奥から最近知り合いになった猫が姿を見せた。白銀の毛並みは野良を思わせない
美しさをしている。名前は知らないけれど、私はどうしてか、この猫を見ると涙が溢れて止まらなくなってし
まう。日増しに増える傷を隠して涙すら飲み込めば、代わりに左胸が見えない大粒の涙をこぼす。猫は決まっ
て私から一定の距離を取って庭の隅にこじんまりと座る。それをじっと見つめてやれば猫は今度は首を低くし
てこちらを伺う体勢に切り替わるのだ。あの猫を知っているようで、私は知らない。正しくは去年までは知ら
なかっただけれど。ずきずきジンジンと痛む傷に懐かしい日々が蘇る。だけど、去年、ふらりと出て行ったき
り帰ってこない彼の人を思って流れた涙で育てた菫は蘇らない。当たり前だ。いっそ華麗なまでに散らされた
土と花だったものの残骸に別れを告げて歩き出せば、そこには足跡すら残らなかった。
「おかえり」
おいで、と手を伸ばせば銀色の猫が、鳴いて、泣いて私の手を払いのけた。爪あとが手の甲に赤くつくのを見
て、安っぽい永遠の愛を思い出さずにはいられなかった。
『必ず、かえってくる』
無音
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