※元就の長編のその後ですが、そのままでも読めます。 お昼のテレビ番組はつまらない。 一通りチャンネルを変えてもこれといって見たいものが見つからないでいる と元就さんがニュースにせよ、と言った。大人しくそれに従う。 そのニュースでは早くもこの夏の行楽先やお盆の旅特集が組まれて、川で魚 を取ろうとする子供達の元気一杯な姿やおじいちゃん達の早朝ウォーキング が紹介されていた。元気が無いのは若い世代かもしれない。 夏。 それを考えるには気が早いと思うけれど、仕事の忙しい元就さんが休める一 年でも貴重な日だから予定を立てるには早目が良いかもしれないと思った。 「今年のお盆休みは何処か行きますか?」 「愚かな。毎年のあの混雑に自ら飛び込みたいと申すか」 「あれは嫌ですけど、せっかくのお休みですし」 毎年空も陸も大混雑。 公共交通機関も個人車も行く人来る人入り混じって大渋滞だ。その時期には 何もせずに家にいるのが一番だと分かってはいるけれど。 理解の薄い元就さんに聞こえるようにはあ、と溜息をついてお茶をすすると ニュースのアナウンサーが12時半を知らせた。 もともとインドアな二人だ。 お付き合いしていた頃、私のために何処かへ連れ出してくれる元就さんに結 婚してからも活発にあっちこっち行くような人だったらどうしようと不安に 思っていたこともあったけれど、杞憂だった。 むしろ元就さんは私を超える程のハイパーインドアだったのだ。結婚してそ んなに経ってないけど、すぐに分かった事実だ。 出不精だけどテレビやら何やらで皆が楽しそうにしているとどうしても出か けたくなってしまう私はやっぱりたまにはと思うんだけど。 「自分だけなら楽ですよね、家にいようが外出しようが」 「詰まる所独身が一番ということだ」 「すでに結婚していますよ、元就さん」 「そうであったな」 独身が一番だなんて私の前で言うのは嫌味なんだろうか。 一応妻として、主婦としての勤めは果たしているつもりでいるけど元就さん にとってはまだまだだったりするのか。 少し釈然としない気持ちのまま卓の上に置かれた籠の中に手を伸ばした。 この間長曾我部さんがくれた蜜柑がまだあったはず。最近はビニールハウス 栽培で一年中食べられるのだから、科学って素晴らしい。大きさと色を吟味 していると元就さんがそちらにせよ、と右手の蜜柑を指した。 良し悪しが分かるのだろうか、無表情なのがなんとも言えないけど、夫の言 葉に従うことにして皮剥きに取り掛かった。 「じゃあ今年はどこへも行く予定は無いですか・・・」 皮を剥き剥きしながら結論を言うと元就さんがムッとした様にそうは言って いないと反論した。何か段々ギスギスしてきたからこの話題やめようかな、 と蜜柑を一片口に入れて、もう一片を元就さんに『あーん』と言ってその口 に放り込んだ。口を封じてしまえば何も言えまい。もくもくと食べる元就さ んにこの話題はこれで終わりだと二人で蜜柑を租借していると、今日の朝ポ ストに入っていたはがきの存在を唐突に思い出した。 ていうかこの蜜柑甘い。元就さんのチョイスは当たりだったようだ。 「そうです、そういえば同窓会のお知らせが来てたんですよ。あれ確かお盆  だったと思うんですよね。元就さん、私それ行ってきますね」 「ふざけるでない。許すと思うてか」 「え」 即答かよ、と返事の早さに半反射的に蜜柑から顔を上げると、右手をこちら に伸ばして睨んでくる元就さんがいた。 その右手が何を意味してるのか分からず、とりあえず蜜柑を割ってまた一片 をその上に乗せてみると元就さんはそれを食べた。蜜柑が欲しかっただけら しい。まだあるんだから自分で剥けばいいのにと思いながら元就さんがぼん ぼんだったと思い出した。手が汚れることはしたくないんだっけ。 仕方ないなあと思いながら元就さんのために籠の中からもう一つ、新しい蜜 柑を手に取った。飲み込んだ元就さんが口を開く。 「その様な下劣な会合、女ならば相手を選ばぬ不埒な輩が多く行くものと  相場は決まっておる」 「ちょっと元就さん、そんなラブアゲインあるわけないじゃないですか」 最近のドラマにそんなのあったよなあと思い出して笑う。 元就さんだって合コンに行く娘を止めるお父さんじゃないんだから、しかも そのお父さんだって現役時代は合コンに行ってたりするんだから。と笑うと 元就さんが真面目に言っておるのだ、と少し低い声で言った。 ああ、機嫌を損ねてしまったらしい。またお説教が始まるのだろうかと冷や 汗が流れたので、先手必勝で「今回は行きませんけどね」と言えば無表情な 顔に浮かべられていた微かな怒りの情が和らいだ気がした。だけど納得はし ていないみたいで、またこちらに手を伸ばして言った。 「何故そう断言できる」 「いや、ていうか」 真面目に話す毛利さんには悪いけど、蜜柑をもしゃもしゃやりながらだと今 一迫力に欠けていると気がつかないのだろうか。 付き合っていた頃と変わらず可愛い人だよなあ、とまた一つ蜜柑を元就さん の口に入れてあげた。 「私すでに結婚してます、元就さん」 「・・・そうであった」 私の旦那様! 気を張っていないと少し天然な人です。 「元就さん、眠いんだったら寝て良いんですからね」 「断じて眠くなど無い」 毛利夫婦の日常は皆が恐れるものじゃなくて意外とゆるいと良い。