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私が馬鹿だから、石田君を傷つけたんだ。必要の無いお節介を焼いて勘違いをさせた。家康 がいなくて寂しい隙間を、無意識に石田君で埋めようとしていた。馬鹿だ私。されて当然の 報いを受けたんだ。泣くなんて筋違いにも程がある。急いで涙を拭う。 竹中先生の言葉で選手控え室へと踵を返してしまった石田くんは、私に一瞥もくれることな く行ってしまった。後に残った廊下に散った弁当を片付けようと、残された私は事務室へと 向かう事にする。それを、竹中先生が引き止めた。 「この場は僕に任せて、君は先に顔を洗って来給え」 物言いこそ教師が生徒に言うものだったけれど、その声音は優しい。喉が引きつって声が出 せないせいで、お礼の言葉も口に出来ない。頷きとお辞儀で返して、私は先生の言葉に甘え ることにした。 ハンカチをポケットから取り出し下瞼に軽く押し当てる。赤い目はそれで少し隠せるけれど すれ違う人の視線はやはり気になる。視界が悪くなるけれども、仕方がないので俯き加減で 歩く事にした。 「・・・屋上」 外の空気が吸いたい。だけど正面玄関は人の出入りが激しいからぼうっと立ってはいられな い。昼食を取る生徒の為に屋上が解放されていればいいんだけれど。顔を洗い終え、手洗い 場を後にしたその足で坦々と階段を登っていくと、アルミで出来た如何にもなドアが最上階 を目前にして現れた。気持ちを落ち着けたら、戻ろう。深呼吸をしてノブに手を掛ければ、 それは何の引っ掛かりもなく開いた。 「・・・か」 「・・・豊臣先生!」 そういえば会場に着いて竹中先生と少し言葉を交わしている姿を最後に、すっかりその姿を 見ていなかった。今までずっと、ここにいたんだろうか。 生徒がさぼりに来たと思われて怒られるだろうかと思ったけれど、先生は注意どころか口も 開かないまま、手すりにその大きな手を置き遠くを眺めている。引き返すのもなんなので、 足を進めてみた。先生の背中まで2mというところに来て、立ち止まる。 「試合はどうだ」 「あ、・・・その」 皆、・・・頑張っています。随分と大雑把な私の返答に、先生はそうか、と一言呟くように 返事をした。勝敗を聞かないのは、豊臣先生の中である程度大会の予測が着いているからか もしれないし、私に気を使ってくれているからかもしれない。後者のほうが可能性は大きい けれども。気を使わせてしまっている。そのことにまた気分が重くなってくる。 優勝候補決定戦と敗者復活戦。私がいたらその大切な最後のチャンスをも逃してしまうんじ ゃないだろうか。私はどうやら、石田君にとっては目にも入れたくない存在らしいし。もう このまま、帰ってしまおうか。先生には怒られそうだけれど。流れる雲を見ていたらそんな 事を思いついた。だけどそんな私を見透かしたかのように、豊臣先生が言う。 「主のせいでは無い」 「・・・いえ、私のせいです」 「己の弱さは、己に原因がある。誰のせいでもない」 「・・・」 「自分を責めるな」 でも、私のせいでなければ大将の石田君が予選で敗れてしまった理由が見当たらない。私が 石田君に余計な事をしてしまったから。謝罪の言葉すらも受け取って貰えないというのは、 本人にはお前のせいだと言われたようなもの。弁当を腕で跳ね飛ばされた記憶が頭に蘇る。 それに再び浮かんでくる涙、と同時に、頭に豊臣先生の手が乗せられた。 「落ち着いたら来い。待っているぞ」 「・・・はい。ありがとうございます」 何回か軽く叩かれるようにして頭頂部を這った手が退けば、そこは一気に空気が触れて冷た くなっていく。暖かいというのは、豊臣先生の手のことをいうんだろう。 去っていく大きな背中を見送れば、がらんとした屋上に私一人が取り残される。頭を冷やし て気持ちを落ち着けるには丁度いい。多分、豊臣先生はそれを分かっていて一人にしてくれ たんだろう。あるいはやはり一度、勝敗の行方を確認しに行くのかもしれない。分からない けれど、今朝車で送ってくれた事もあるから、意外と優しいところがあるのは事実だ。そう いえば家康も先生のやり方が気に入らないとは言っていたけれど、先生の器は素直に尊敬し ていたし。だから多分、そうなんだろう。 ああ、それで思い出したそうだ。そういえば何かあったらすぐに連絡しろと家康が言ってい た。この分だと後日学校で今日の結果報告をする羽目になるんだろうけれど、 「家康には、会わせる顔がないな」 私は私を好いてくれる皆に甘え過ぎている。初めは家康が悪かったとはいえ、今ではすっか りそれを逆手にとって私の方が好き放題。今日この場に立っているのだって、石田君にお弁 当を作ってあげることが出来たのも、全部家康が許してくれて行って来いと言ってくれたか らだ。本当なら恋敵のもとへ送り出すのは嫌だと思う。私が家康に近づく女の子が嫌だった ように。なのに。 ・・・これ以上家康を頼れない。 そう思い電話帳を開いたところで携帯を閉じる。もう少し強くなりたい。せめてすぐ泣かな いくらいには。晴れ渡った空を見て思う。 一学期が終わろうとしていた。 第一部・完 →番外