日は完全に暮れた。
辺りはすっかり闇に包まれて、校庭の真ん中にある炎だけが明かりとしての
存在を許されていた。生徒が後夜祭の始まる時間に合わせて次第に校舎を出
て行く中、私と半兵衛はまだ教室に残っていた。
黒板の上にある時計は暗くかったけれど、7時を指しているのが見えた。
後夜祭の開始は半からだからそろそろ、
 
 
 
「僕らも行こう」
 
 
 
考えていたことを丁度半兵衛が言った。一応頷いて返事はするけれど、皆が
集うあの炎のもとへ行く気にはいまいちなれなかった。楽しみなのは間違い
ないのだけれど、ずっと前から引っかかっていることがあったから。
 
 
 
「半兵衛、後夜祭のダンスさ」
 
「何だい?」
 
「あれ、一分交代でしょ」
 
「ああ」
 
「半兵衛と踊れるの、最初だけなんだよね」
 
「そうだね」
 
「それってその後はずっと他の人と踊るってことでしょ」
 
「そういうことになるね」
 
「手を握ったりとか」
 
「お互いの距離も近かったと思うよ」
 
 
 
そこまで言って顔を上げると半兵衛と目が合った。
 
 
 
「・・・それって凄く嫌」
 
「同感だよ」
 
 
 
笑う。同じ事を思っていたらしい。半兵衛も同じ気持ちなら少しは我慢でき
る気がした。お互い様だ。不愉快に思ってもそう、全てお互い様だと割り切
って踊るしかない。半兵衛と手を繋いで校庭に向かった。
 
 
 
 
 
 
 

「!」
 

校庭に出て女子が集まっている中に行くと、炎を囲む生徒達の中から私を呼
ぶ声がした。見るとかすがちゃんお市ちゃんだった。
 
 
 
「、バサラ祭の時一体どこ行ってたんだ?
 市がの姿が見当たらないって言うから探したんだぞ」
 
「あー、うん。ちょっと具合悪かったから休んでたの。せっかく探してくれ
 たのにごめんね」
 
「いや、それは気にしなくていいんだが・・・そんなことより体調が悪かっ
 たならちゃんと休んでたのか?」
 

かすがちゃんが焦ったように私の肩を掴んで揺らす。過保護だなあ。
かすがちゃんに加えて横にいるお市ちゃんは私の手をとって詰め寄ってくる
。過保護な二人に嬉しいやら子ども扱いされてるやらで苦笑いを返す。
 
 
 
「市のせい?市が、を放って長政様と居なくなったから・・・」
 
「違うよ、市ちゃん。全く関係ないから気にしないで。それより浅井先輩と
 はちゃんと踊る約束した?」
 
「うん。長政様・・・、市と踊った後お仕事で抜けることにするって・・・」
 
「ああ、その手があったね」
 
 
 
そっか。と思う。だけど半兵衛も私も抜けられるほどの仕事が無いからなあ
・・・。とすぐにあきらめた。仕事があるというのは言い訳にならなさそう
だ。
 
 
 
「かすがちゃんは?上杉先生踊ってくれないの?」
 
「わっ、私は・・・!そんな・・・」
 
 
 
顔を赤くして焦るかすがちゃん。いつもは強気なのに、恋する乙女って本当
に可愛いと思った。和む。
 
 
 
「ってあれ?猿飛君は?」
 
「。誤解がないように今一度言っておく。
 私とあいつは一切、何の関係も無い!」
 
「・・・・。」
 
 
 
真剣な顔に返す言葉が思い浮かばなかった。哀れ、猿飛佐助。
そう思ったところで先生の集合を叫ぶ声がした。これから説明をするらしい
、女子と男子は分かれて別々に説明を受けたあとに開始のポジションに着く
から、きっと半兵衛も今から説明を聞くんだろう。
腰を下ろせないからしゃがんだ状態で話をきくはめになる。はやく終わらせ
て欲しいと思った。
 
 
 
「あ、いた」
 
 
 
説明を聞き終わった後、パートナー探しやら軟派待ちやらで男女がごった返
す中を掻き分けて進むと何とか半兵衛を見つけることが出来た。その背中に
半兵衛、と呼ぶが気づいてもらえない。まあこれだけざわざわしているから
当然かな。思って、もっと近くに行けば、どうやら少し半兵衛の周りは状況
が違うらしかった。っていうか。
 
 
 
『竹中君、今日のダンス、私と一緒に踊ってくれない?』
 
『あ、じゃあその後は私と踊って欲しい!』
 
『私とも踊って!お願い!』
 
『え、待ってよ。私が先に誘ったんだけど・・・』
 
 
 
囲まれている。
女の子の数と気迫に気圧されて近寄れずに中途半端な位置で立ちすくむ私。
伸ばした手は誘いたいけど誘えない控えめな女の子みたいだ。
一応私は半兵衛の彼女だと思うんだけど。勘違いかと思うほど皆ガン無視だ
。第一昼間の喫茶店で大変だったとか半兵衛が言ってたけどここでもそうな
るのか。『ガイアが俺にもっと輝けと囁いている』のキャッチコピーが頭に
浮かぶ。半兵衛のために作られたんだ。絶対そうだ。
というかこれは何か、一人の女の子が選ばれたらその子が虐めの標的になり
そうな気がするんだけれど。どうなんだろう。
 
 
 
「」
 
 
 
そんなことを思った矢先、半兵衛が私に気づいて声を発した。
 
 
 
「あ、半兵衛・・・・」
 
 
 
タイミングが悪いかな。彼を取り巻く女子までもが一斉に私を見た。
大勢の中から私を選んでくれたのは素直に嬉しかった。まあ彼女だから当然
っちゃ当然なんだけど。って、うぬぼれが強すぎるかな。でもここで他の子
を選んでたら問題だし。ただ、半兵衛に言いたい。
私を選んでくれたことは、この場では素直に喜べないということを。だけど
半兵衛もそれもきちんと分かっていたらしい。
 
 
 
「、行こう」
 
「うん。」
 
 
 
私の手を引いて颯爽とその場を後にする半兵衛は後ろの女の子達の視線をも
のともせずに歩く。気にならないのだろうかと思ったけれど、半兵衛のこと
だからあえて無視してるんだろう。しかし彼女達のとばっちりが私に来るの
は明白だった。視線、超痛い。
 
 
 
「半兵衛がモテ過ぎて、ちょっと私早くも色々痛いよ・・・。」
 
「済まない。でも手は出させないから安心してくれ」
 
「うん」
 
「それに僕は以外の子には靡かないから」
 
 
 
ふわり、振り返った半兵衛が殊更優しくそう囁くものだから、私は天にも昇
れる気持ちになる。おおっ・・・・・!!!やっぱり完璧な彼氏を持つと違
うなあ。女の子は幸せになれるね。一気に機嫌が直っちゃった。
 
 
 
「半兵衛男前過ぎるよ・・・」
 
 
 
そう言うと、ははっと笑った半兵衛が握った手に力を込めてくれた。
それが嬉しくて私はその握られた手を前後に大きく振った。子供のすること
みたいだ、これじゃあお市ちゃんと浅井先輩のことをバカップルだなんて言
えないな。今の私と半兵衛はあの二人に負けてない気がする。
 
 
 
「あれ?半兵衛?」
 
 
 
浮かれまくってたせいでどうでも良くなっていたけれど、さすがに校庭の中
心にある炎からあまりに遠ざかっている気がして。歩きすぎだと思う。
 
 
 
「どこ行くの?校庭出ちゃうよ」
 
 
 
校舎へ戻る道は暗い。その闇へと迷い無く足を進める半兵衛。
私はあまり暗いのが得意じゃないから、そっちは行きたくないと半兵衛の手
を引いて戻るよう言うと怯えていることに気づいたらしい半兵衛は立ち止ま
ってくれた。ただ体が元来た方へ向く気配は無い。
その場に突っ立った状態で、やがて私の顔を見た半兵衛は言った。
 
 
 
「帰ろう」
 
「え、ええ!?」
 
「誰も気づきやしないよ」
 
「いや、待って。何で急に?」
 
 
 
こっちに向かってるって事は校舎か校門かとは思ったけれど帰ると言い出す
とはさすがに思わなかった。というか後夜祭を抜け出すなんて。
そんな真面目な私の思考をさらにパニックにさせるのは半兵衛が私の手を引
いてずんずん進んでしまうこと。
 
 
 
「ね、帰ってしまおう」
 
 
 
それが良いよ。
そう言って再び歩きだす半兵衛。手を握られているために強制的に私も歩か
される。ちょっと待って。今日の半兵衛は何か変だよ。変って、まあ原因が
あるとすれば私なんだろうけど。
それにしたってこれはひどい。途中で抜け出すと言っていた浅井先輩の上を
行く暴挙だ。始まる前に帰るとか。でも私は罪悪感よりも目の前の半兵衛に
ハラハラしながら校門を後にした。