花咲く春に会う 後篇













いつもと変わらない可憐な微笑だった。
夏休みはとっくに終わってしまってるしこれからは寒くなる一方だけど、つ
るちゃんのその微笑みは何時だって私に春の訪れを感じさせてくれる。
夏が過ぎて秋になって、木々の紅葉が深まって手袋をするようになっても
自分の思いはその温度変化に比例することはないままだった。恐ろしい程に
変わることが無かった。全く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
気になる人が出来た、と。
 
 
 
直接そう言われた訳ではなかったけれど、ずっと側にいて友達をしているん
だから分からないわけが無い。しかも自分の好きな人なんだから、尚更。
政宗君のこともそうだけど、私はどうやらそういう観察眼には優れているら
しくて、つるちゃんの瞳が最近ある男子に向いてることに嫌でも気づいてし
まった。
知らない男子だった。まあ私にして見れば男子のほとんどは知らない人にな
るけれども。調べてみると隣のクラスの風魔小太郎だと分かった。
そんな風魔小太郎を廊下ですれ違うたびにつるちゃんが熱心に見つめるので
たまらずヤキモキする私だけれど、相手がその視線に気づいてないのが唯一
の救いだった。
けど、やっぱりいつか二人が接触を持ってしまったらと考えるとハラハラす
るので、気になってそれとなくつるちゃんに「よく見てるよね、あの男子が
好きなの?」とある種、確認のように聞けば、それはそれは可愛らしい微笑
と共に返された。
 
 
 
「恋よりも友情、の方が大切ですよ!」
 
 
 
にっこりと私を見て言うものだから教室という場も弁えずに思わずつるちゃ
ん抱きつけば頭を撫でられた。もうつるちゃん大好きだ。
夏休み前にあった政宗君との一件で私の思いはつるちゃんにばれてしまった
けれど、つるちゃんは変わらず私に接してくれた。
 
 
 
「。私の大切な友達です」
 
 
 
そうきっぱりと言い切ってむしろ前よりも親しく接してくれるようになった
つるちゃん。その言葉で友達という枠を出ることは出来なくなったけれど、
つるちゃんの友達としての一番は貰えたから私もそれに収まることにした。
だけど。
実際につるちゃんが恋をしたとなったら、私はその収められた枠の中で大人
しくしていられるだろうか。きっと黙って見て応援しているなんて、私には
出来ないと思う。
 
 
 

「眼帯なんかして、まさに悪者って感じ!」
 
 
 

つるちゃんの威勢の良い声が渡り廊下に響いたことで、ようやく自分が感慨
に耽っていたことに気がついた。足元を見て歩くのは危ない。
つるちゃんを見ると手に握ったビニール袋を破かんばかりに引き伸ばして悔
しそうにしている。一体何の話をしていただろうかとその様子に思う。
 
 
 
「独眼竜にはお仕置きが必要です!」
 
「・・・つるちゃん、ごめん。何の話?」
 
 
 
教室の掃除が終わってごみを捨てるために校内の端にある廃棄場へ二人で向
かっていた。そこまでは覚えている。ただ廃棄場までの道のりは学舎から伸
びる渡り廊下を行けばすぐの場所だから、そんなに長いこと話せる程の距離
は無い。独眼竜が政宗君のことだと知ったのは最近だ。一体政宗君が何なの
だろうか。
 
 
 
「独眼竜がを泣かせたことです!が私を慕ってくれていることを
 知りながら、本人のいないところでそれをバラすなんて、やることがあざ
 とすぎます!」
 
 
 
まあそれは私が悪いのもあるんだけど。それに政宗君の眼帯は悪者の証じゃ
ないよ。あまりの扱いにそう弁解を入れてあげようかと思ったけれど、今の
白熱したつるちゃんには何を言っても聞き入れてもらえないだろうなと思っ
て口を噤んだ。
つるちゃんは私を受け止めて友達を続けてくれている。それも同情や哀れみ
なんかじゃない気持ちで。人間的にも私なんかよりずっとよく出来てるし、
それが私のつるちゃんを好きになって良かったと思うところだった。
 
 
 
「つるちゃんがそう言ってくれると救われる。ありがとうねー!」
 
「当たり前です!を傷つける人間には容赦しません!」
 
 
 
華奢な見た目に反してつるちゃんは頼もしい。
たとえつるちゃんに好きな人が出来ても、私は当分つるちゃんを思い続ける
んだろうなとその背に思った。前を行くつるちゃんは楽しそうに一歩、飛び
上がってスキップをした。制服のプリーツスカートが揺れて、宙に舞う。
 
 
 
「ふふ、つるちゃん!」
 
 
 
ちょっとムードに欠けるけど、でも人もいないしチャンスだ。
二歩先を行くつるちゃんが振り向いたのに近づいて両肩に手を置いた。
どこかやっぱり悔しいのだ。つるちゃんがその人を好きになるんじゃないか
と思うと。
でも嫉妬したり不安だからって無理矢理やって泣かせるようなことはしたく
ないから、ちゃんとつるちゃんを尊重して逃げる隙をあげたけれど、意外に
もつるちゃんは私の手を跳ね除けることをしなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「キス、したよ。つるちゃんと」
 
 
 
重役出勤がスタンダードになってる政宗君の出席日数は大丈夫なのだろうか
と思ったけれど私の知るところじゃない。
午後の授業にも姿を見せなかった政宗君に会ったのは下校時間で、校舎を出
た門の前だった。
短く挨拶を交わして部活があるからと言って通り過ぎる政宗君の背に言えば
、お互い背中を向けてるせいで表情は分からないけれど、政宗君からは無言
が返ってきた。それは政宗君の驚きをこの上なく雄弁に物語っていて、私は
したり顔で胸中笑う。どうだ、言ってやったぞ。
 
 
 
「これでもまだ、私はつるちゃんの眼中に無いなんて言える?」
 
 
 
これはちょっとした復讐だ。
つるちゃんとの一件以来政宗君を無視して口も利かないで視界にも入れない
ようにしていたけれど、迂闊にも自分が教科書を忘れて貸してもらってから
は都合よくまた無視するなんて出来なくなった。
いつまでも根に持ってちゃダメだと政宗君に普通に接することにしたけれど
それと同時に夏休みに入ってしまったので結局あまり口を利かないまま二学
期を迎えてしまった。
そしていざ二学期に入ってみると、私を好きだという政宗君は驚くほど積極
的に、以前よりも話しかけてくるようになった。それが私を口説いているの
だと分からないわけじゃないけど、こっちだってまだつるちゃんへの思いを
あきらめたわけじゃないのだ。
第一、政宗君のせいでつるちゃんとこうなったからといって、私が政宗君の
ものになるなんてことは絶対に、あってはならない展開だ。
背後からコンクリートを踏みしめる音がして、政宗君がこっちへ歩いてくる。
 
 
 
「Ha!上等じゃねえか」
 
 
 
そう言って私と対顔した政宗君は強気な笑みを浮かべていた。
これでお互いどっちが先に落ちるか落とせるかの競争になる。おそらく私が
落ちない限りは大丈夫だけど、考えて欲しい。私はレズ。
男をそういう対象としてみていないのなら完全にこの勝負、やる前から私の
勝ちに決まっているのだ。
政宗君に極上の笑みを浮かべて返すと、またまた政宗君は愉快だと言わんば
かりに笑った。どこか挑発的な笑みだ。
だけど次の瞬間、更に距離を縮めてきた政宗君が私の肩に手を置いて逃げる
隙も与えずに言った。
 
 
 
「俺ともしろ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「は、独眼竜を庇いますね」
 
 
 
もう何時の日だったか思い出せない。あるお昼休みに二人で仲良くお弁当を
つついているとつるちゃんがそう言った。
何を言うのかと耳を疑いつるちゃんを見れば、その顔は手元の弁当箱に向い
ていたけれど、少しの寂しさに暮れていた。初めて見る表情に、手にしてい
た箸を取り落としそうになる。
 
 
 
「席も隣で仲が良いからでしょうか」
 
 
 
私の意志とは関係なくつるちゃんは一人で続けた。
一体急に何を言うのだろうか。
私が、政宗君を庇っているだって?そんなまさか。有り得ないことだ。傷つ
けることはあっても庇うなんてこと、私が何時しただろうか。
それでも目の前のつるちゃんはそれが事実であるように言う。どこか咎める
ような口調なのは、つるちゃんがどちらかに怒っているからだった。
おそらくあんな事があった手前、それでも私と変わらずに話す政宗君が気に
食わないんだろうと思った。それはどこか、私のためを思ってしてくれる嫉
妬のようで嬉しかった。
だけどその瞳が涙を隠し堪えていることには、どういう風に思えば良いのか
分からなかった。気づかないフリをしてあげた方がいいのだろうか。
 
 
 

『嫌だったか?』
 
 
 

した後になってしおらしくそんなことを聞いてきた政宗君の顔が頭に蘇る。
一方的にしておきながら何でそんなことを聞くのかと思った。いっそ最後ま
でその態度を貫けば良いのに、何故嫌われることにおびえるのか。
いいや、その理由を私は分かっている。そしてだからこそ強く拒めない。
あの眼帯を私に見せたのは、弱みを知った私を今こうして揺るがせるのが狙
いだったのだ。おそらく政宗君本人もそれが分かっててやってたはずだ。
たちの悪い。
つるちゃんが手にしていた弁当から顔を上げて、私を見た。
熱を孕んで涙に揺らぐその瞳に何故かどうしようもなくうろたえる私がいる。
嫌じゃなかったのだと、ここに来て二度目のキスが持つ意味を悟る。
目の前の、リップクリームが薄く光るピーチピンクの唇がその事を見透かし
ているかの様に、苦しそうな微笑みを形作った。
それは酷く儚い笑みで、その唇を自分は先日奪ったのだと思い出す。嬉しく
て喜んだはずのそれが今、酷く暗い罪悪感の生むものに変わっていることに
絶望を見る。
つるちゃんが、辛苦を押し殺したように明るく言う。
 
 
 

「応援、しますから」
 
 
 

それはいつもと変わらない、可憐な微笑だった。
夏休みはとっくに終わってしまってるしこれからは寒くなる一方だけど、つ
るちゃんのその微笑みは何時だって私に春の訪れを感じさせてくれる。
夏が過ぎて秋になって、木々の紅葉が深まって手袋をするようになっても、
自分へ向けられるその笑みが変わることは無かったのだ。いつだって、何が
あっても変わらなかったのであれば、変わってしまったのは他でもない。
私だった。
 
 
 
 
 
 
 
冬景色に、鶴一羽を残して。
 
 
 
 
 
 
 









花咲く春に会う 終